TEP Story Archives : 夢の人工ダイヤモンドは大型・単結晶

株式会社イーディーピー 藤森 直治 氏
㈱イーディーピー 代表取締役社長/TEPアントレプレナー会員

現代社会を支える人工ダイヤモンド

宝石の王様ダイヤモンド。大型のダイヤモンドには10億円以上の価格がつくなど、その輝きは古今東西を問わず、世界中の人を魅了している。しかし、世界で取引されるダイヤモンドのほとんどは「宝石」ではなく、実は工業用の「人工ダイヤモンド」。いまや人工ダイヤモンドは世界のダイヤモンド流通量の90%以上、およそ200トンにのぼっている。

科学の世界でダイヤモンドは“究極の物質”と呼ばれている。あらゆる物質の中で一番の硬さや熱伝導率を誇るなど優れた特性を有しているからだ。セラミックや超合金をも切断するカッター、水族館のアクリス水槽をガラスのようにピカピカにする研磨機、さらには金星探査衛星の窓にも使われることがある。

株式会社イーディーピーは、人工ダイヤモンドの活用をさらに広げる画期的なオンリーワン技術を持つ。「大型単結晶ダイヤモンド」の製造だ。これまで単結晶ダイヤモンドは、工業的には粒子状の小さなものを研磨材として使用するか、これらの微小なダイヤモンドを金属などで固めて使われてきた。厚さ数mmの単結晶ダイヤモンドも精密な金属切削を行う工具素材としては使われてきたが、大型品がなくその用途は限られていた。

このような中、イーディーピー社が実用化したこれまでにない大型の単結晶ダイヤモンドは、ダイヤモンドの持っている優れた性質を使うための切り札として期待を集めている。

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<< 様々な用途に適した厚さ、大きさのダイヤモンドを製造可能としたイーディーピー社

60歳で起業した業界の重鎮

イーディーピー社の創業者で代表取締役を務める藤森直治氏は30年以上、人工ダイヤモンドの研究に関わってきた。元は大手素材メーカーで研究開発から運営まで経験。ただ「技術者としての血が騒いだ」と、2003年に会社を飛び出し、産業技術総合研究所(産総研)「ダイヤモンド研究センター」のセンター長に就任。ダイヤモンド関係の研究機関・企業等で構成される「ニューダイヤモンドフォーラム」で会長もつとめた、ダイヤモンド界の重鎮だ。

人工ダイヤモンドの製造方法は大きく2種類に分かれる。
現在主流なのが「高圧合成法」。天然ダイヤモンドが生まれる地球中心部の環境、1500℃/5万気圧という超高温・高圧の状態を再現し、炭素を合成することでダイヤモンドを生成する。しかし、このような超高温・高圧環境を人工的に創り出すためには、超大型の装置が必要となる。単結晶を製作する場合は三階建てに相当する建物が必要となるほどだ。製品化には資金力が必要となるばかりか、作れる単結晶の形状は数mm程度の粒子である。

これに対する新たな製造法が、イーディーピー社の手掛ける「気相合成法」だ。水素とメタンガスをプラズマ放電して活性な状態とし、ダイヤモンド種結晶を成長させる。この成長した部分を種結晶から分離する技術が、当時、藤森氏率いる産総研ダイヤモンド研究センターで開発された効率的な生産方法だ。まるでダイヤモンドのコピーを作るようなこの技術、理論的には種となるダイヤモンドと同じ形状のものを無限に複製できる。製造に必要な装置はキャビネット1個ほど。従来製法と比べて製造コストは大幅に削減できる。

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<< キャビネット程度の大きさのダイヤモンド成長装置

藤森氏はこの気相合成法研究の第一人者だ。産総研で気相合成法を用いた大型単結晶ダイヤモンドの作製に成功。2009年にこの技術を事業化させるため、60歳でイーディーピー社を起業した。「世界を目指せるこの技術を、1日も早く世に出したかった」と語る藤森氏。ダイヤモンド界重鎮のベンチャー挑戦は業界の話題をさらった。

ダイヤモンド半導体に挑む

「大型単結晶ダイヤモンドでなければできないことがある」と語る藤森氏。そのひとつが、長年“夢の半導体”と呼ばれているダイヤモンド半導体の実現だ。現在、スマートフォンやパソコン、家電製品などあらゆる電子機器に使われているシリコン半導体。これらをダイヤモンドで作ることができれば、耐久性は格段に上がり、さらに動作も数十倍から数百倍の高速化で基本性能も飛躍的に向上する。

ダイヤモンド半導体で作った電力変換機器は、既に一部の電気自動車やエアコン等で使用されている。これらは効率の向上や軽量化等でCO2削減にも大きな効果が期待されている。

だが、その実現には様々なハードルがある。半導体素子の生産に求められるのは、大きな5cm以上の円盤型で、薄く、原子レベルで平らなウエハ(基板)だ。ダイヤモンドはその硬さゆえ、薄く「削る」ことは非常に難しい。

イーディーピー社の技術があれば、大型ダイヤモンドを種に使って、成長させた表面を薄く「剥がす」ことができる。つまり、大きく、薄く、平らなダイヤモンドを、同じ形状で量産することが可能となる。「まだまだ課題は多いが、ダイヤモンド半導体工業を生むためのウエハの実用化はもはや夢ではい」と、藤森氏は手ごたえを感じている。

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<< イーディーピー社は0.1mm以下のダイヤモンドの製造も可能とした

世界に新しい市場を創る

藤森氏の技術に海外も熱い視線を送る。創業当初、日本語ページしかなかったイーディーピー社のWEBサイト。大型単結晶のダイヤモンドの写真を載せたところ、「どのような技術なのか」「サンプルがほしい」と、世界中のメーカーや研究者から問い合わせが相次いだそう。実際にこの写真からビジネスは急拡大。2011年には5カ国以上に輸出、売上も20%が海外からだ。

今後の事業拡大に向けて最も大きい問題となるのが資金調達。国内のベンチャーキャピタルは、初期段階の最先端技術に対する投資に消極的だ。だが、ものづくり系ベンチャー企業でとりわけ素材を生産するような事業においては、設備や研究環境など初期投資に莫大な資金がかり、回収には長期的な視点が欠かせない。藤森氏は会社設立当初、短期的なリターンを要求するベンチャーキャピタルに悩まされた。

TXアントレプレナーパートナーズ(TEP)ではエンジェル会員が3名集まり、イーディーピー社の設立当初に共同出資した。そのうちの一人、日本IBM最高顧問の北城恪太郎氏は、同社の取締役として経営参画も行っている。日本経済界の中枢で様々な企業の活動を見てきた北城氏の幅広い経験が、この小さな企業を育て上げる機能を果たしているという。「ベンチャー企業と共に歩みながら市場を育てるというTEPの理念に共感した」と藤森氏は語る。

「世界でダイヤモンドの新たな市場を創るつもりで会社を作った」と語る藤森氏。現在は世界の電機メーカーが工場を構えるインドや中国市場の開拓を進めている。世界中の電気自動車がダイヤモンドで走ることを夢見て…。

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<< 新しい市場の創造に向けて挑戦を続ける藤森 直治 代表取締役社長