TEP Story Archives : 世界一精密なインクジェット技術で産業界の未来を変える

株式会社SIJテクノロジ 村田 和広 氏
㈱SIJテクノロジ 取締役/TEPアントレプレナー会員

「机の上」で電子機器を作る

最先端の電子機器を作る工場というと、通常は大きな工場が思い浮かぶ。しかし、近い将来、その工場を机の上サイズに縮小しようとする技術が注目されている。キーワードはインクジェットだ。

インクジェットは、インクを一滴ずつ落として小さな「点」を描き、全体として一つの画や文字に見えるように印刷する技術。技術革新が進み、幅広い産業分野で利用されはじめている。

金属粒子をはじめ様々なナノ材料のペースト、機能性材料、接着剤などを「インク」として使用し、電子部品などに塗る・足す・付けるといった加工を行う。この技術で液晶ディスプレイやタッチパネル、LEDなどの電子機器を製造することを「プリンテッド・エレクトロニクス」と呼び、近年、世界で開発競争が進んでいる。

このインクジェットで、世界一を誇る技術が日本にある。株式会社SIJテクノロジ取締役の村田和広氏が発明した「超微細インクジェット」技術だ。吐き出すインクの一滴のサイズを、家庭用インクジェットプリンターの約1/1000以下にまで小さくし、高精密な加工を可能とした。粘度が高いインクの使用を可能としたことも大きな特徴のひとつ。

幅広い種類の材料を、必要な部分にピンポイントに付着させることできるため、インクジェットの用途は劇的に拡大した。エレクトロニクス分野に限らず、例えばタンパク質などを「インク」として使うことで、バイオセンサーや、新薬開発などバイオ分野の研究にも活用できる。まさに、未来を拓く技術だ。村田氏はこの技術を産業技術総合研究所(産総研)で生み出し、インクジェット加工装置の開発販売を行うSIJテクノロジを2005年に創業した。

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<< 家庭用プリンターのように小型化すれば机の上で電子機器を製造する「デスクトップ工場」も実現可能だ

産業界の常識を変える発明

インクジェット技術で加工処理を行うメリットのひとつは、大幅な製造コストの削減。現在、電子回路の多くは、フォトリソグラフ法という、露光技術とエッチング技術を組み合わせた方法で作られている。この方法は、大規模なクリーンルームや、高価で大型の真空装置などを必要とする。また、極少量の回路を作るために、90%以上の材料が無駄になってしまい、大量のエネルギーと資源が消費されてしまう。

一方、インクジェット技術では必要な箇所に直接金属を落とすことが可能で、従来の「手間」と「ムダ」を省くことができる。電子部品には金や銀など高価な金属が使用されるため、この資源節約は大きな価値を生む。工程の簡略化で、製品開発スピードも上がる。

SIJテクノロジでは、装置以外にインクやプロセス技術の開発も行う。最近同社は、部分めっき用のインクを発売した。めっきはさらに金属使用量が少ないので、例えば身の回りの電気接点に多く用いられている金も、めっき処理にすることで使用量を数十分の一に減らす事ができる。さらに、めっきは低温処理が可能なので、ペットボトルに使われる「PET」のような柔らかく熱に弱い樹脂の上にも金属加工ができるようになり、電子ペーパーなど最先端のデバイス製造に活用できる。

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<< 「PET」のような柔らかい素材にも電子回路をプリントできる

これまで「印刷」では作れなかったものが作れるようになる。2002年に世界最大のナノテクノロジー展示会「国際ナノテクノロジー総合展・技術会議」で同技術を発表し、産業界の常識を変える画期的な技術として初代ナノテック大賞微細加工技術部門に輝き注目を集めた。その後も、「産官学連携推進会議」での日本経団連会長賞、「中小企業優秀新技術・新製品賞」での優秀賞など、数多くの受賞歴を誇っている。

黒字化の秘訣は「チームプレイ経営」

高い注目を集める「超微細インクジェット」だが、技術が最先端であるがゆえに、産業分野での具体的な活用方法を提案するなど需要の掘り起こしから始めなければならなかった。当然、営業成果がでるまでには時間がかかる。それでも、SIJテクノロジは驚くことに創業早々から黒字経営を続けている。

その秘訣を、村田氏は「チームプレイ経営」だという。チームプレイのパートナーとして欠かせない存在が、SIJテクノロジの代表取締役社長を務める増田一之氏。増田氏は、複数のベンチャー企業で経営を経験し、TXアントレプレナーパートナーズでは副代表を務める「経営のプロ」。産総研で起業アドバイザーを務めていたことがきっかけで村田氏と出会い、SIJテクノロジの創業時より参画した。以来、「技術の村田」と「経営の増田」の二人三脚で経営を続けてきた。

村田氏は「世界のHONDAも本田宗一郎と藤沢武夫の関係があったからこそ」と例えながら、「増田の存在なくして会社の早期黒字化は成しえなかった。時に怒られながらも、研究者では思いもよらないコスト削減の方法などを学んでいる」と笑う。社長を増田氏に任せることで、自身は産総研の研究員を兼務しながら、SIJテクノロジの強みである技術力の更なる向上に取り組んでいる。

「危険を冒してハイリスク・ハイリターンを求めるばかりが起業ではない」と村田氏は言いきる。有望な新技術を社会に還元するためには、製品を供給し続けるための経営基盤が必要。安定経営を続ける同社の存在は、ベンチャー企業の新たな姿とも言える。

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<< 「チームプレイ経営」で自身は技術開発に専念する村田 和広 取締役

世界一精密なインクジェット技術で産業界の未来を変える

SIJテクノロジはこれまで、主に大学などの研究機関や大手企業の開発部門に対して、研究開発用のインクジェット加工装置を販売してきた。最先端の超微細インクジェット技術を活用した研究開発ニーズに応えるためだ。この分野で多くの導入実績を有してきた同社は今、新たな事業展開に乗り出した。

2012年1月に超微細インクジェットの「組み込み用ヘッドユニット」を発売。インクの吐き出し装置と制御装置という、まさに技術の心臓部分を切り出して販売しはじめたのだ。これにより、電子機器メーカーなどは自社の生産ラインに「超微細インクジェット加工」という工程を柔軟に組み込むことが可能となった。また、加工装置メーカーでは自社の既存製品にこのヘッドユニットを組み込むことで、「超微細インクジェットの加工装置」を自社製品として開発・販売することができる。SIJテクノロジの技術を産業界の現場に広く浸透させる仕掛けと言える。

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<< 超微細インクジェットの制御装置と吐き出し装置からなる「組み込み用ヘッドユニット」

グローバルな事業展開にも注力している。技術の注目度は折り紙つき。すでにアメリカ、イギリス、ドイツ、フィンランド、韓国などから多数の問い合わせが寄せられている。2011年10月にはジェトロ(日本貿易振興機構)の輸出有望案件に採択されるなど、日本発の世界的技術として期待は大きい。

印刷加工のムダを省きナノテクノロジーで次世代の製品開発に寄与する超微細インクジェット技術。「省資源で環境に優しい技術として世界で必ず通用する」と、村田氏は事業の成功に自信を見せる。日本では、優れた技術を持ちながら事業化が進まないケースが多い。画期的な技術をベースに新市場を切り開くSIJテクノロジの成功は、多くの研究者にとってロールモデルとなるだろう。